Contact 

TORANOKO Performing Arts Company
  • toranoko FB
  • toranoko Youtube
  • toranoko Instagram

© 2019 by 赤糸で縫いとじられた物語. Proudly created with TORANOKO Performing Arts Company

Chisato Kameoka

亀岡千聖

Kikuna菊名

2006年2月5日、愛媛県伊予市生まれ。10歳の頃からTORANOKO Performing Arts Companyに所属し、演技、歌、アートを学ぶ。山村浩二監督の「マイブリッジの糸」とコラボレーションしたメディアパフォーマンス「マイブリッジの糸とモーションのリズム」で本格的に舞台役者としてデビューを果たす。同作で、ポーランド、プシェミシル市国際芸術祭(16)、 ポーランド、クラコフ市“Etiuda & Anima国際アニメーション映画祭”(17) に招待され、パフォーマンスを行う。

本作で映画デビューにして初主演を果たし、物語の鍵となる菊名役を繊細な演技で務めた。

Soyoka Kan

菅颯花

Sumire

2007年1月30日、愛媛県伊予市生まれ。10歳の頃からTORANOKO Performing Arts Companyに所属し、踊り、歌、演技を学ぶ。山村浩二監督の「マイブリッジの糸」とコラボレーションしたメディアパフォーマンス「マイブリッジの糸とモーションのリズム」横浜BankART studio NYK公演(17)で本格的に舞台役者としてデビューを果たす。同作で、ポーランド、クラコフ市“Etiuda & Anima国際アニメーション映画祭” (17)に招待され、パフォーマンスを行う。

本作で映画デビューを果たし、母親に反発する次女、菫の少女ならではの難しい心の綾を抜群の感性で演じている。

Noe Hayashi

望永

Kasumi

2006年1月13日、愛媛県松山市生まれ。6歳の頃からTORANOKO Performing Arts Companyに所属し、踊り、歌、演技、アートを学ぶ。寺山修司原作の舞台「思い出盗まれた」で本格的に舞台役者としてデビュー。ポーランド、ポズナン市で行われた“JAPAN WEEK”フェスティバル(13)に参加し、ポズナン市のオペラ座公演に出演する。その後も寺山修司原作の舞台「踊りたいけど踊れない」(14)や「海のリボン」(15)に出演。山村浩二監督の「マイブリッジの糸」とコラボレーションしたメディアパフォーマンス「マイブリッジの糸とモーションのリズム」シリーズに全作出演。ポーランド、プシェミシル市国際芸術祭(16)、ポーランド、クラコフ市“Etiuda & Anima国際アニメーション映画祭”(17) に招待され、パフォーマンスを行う。

本作で映画デビューを果たし、優しさと共に凛とした姿勢で家族を守ろうとする長女、霞を演じている。

Yuzuki Shinmaru

新丸結月

Nanoka菜乃花

2009年10月8日、愛媛県松山市生まれ。4歳の頃からTORANOKO Performing Arts Companyに所属し、踊り、歌、演技を学ぶ。山村浩二監督の「マイブリッジの糸」とコラボレーションしたメディアパフォーマンス「マイブリッジの糸とモーションのリズム」で本格的に舞台役者としてデビューを果たす。同作で、ポーランド、プシェミシル市国際芸術祭(16)に招待され、パフォーマンスを行う。

本作で映画デビューを果たし、無邪気で寂しがりやの四女、菜乃花を演じている。

Rii Ishihara

石原理衣

 Shuko柊子

1976年7月18日、埼玉県生まれ。   

中央大学理工学部応用化学科卒業後、キリンビール株式会社入社。同社を退職後、脚本・演出家に6年間師事し、企画・脚本のアシスタントをしながら芝居を学び俳優業を開始。映画、テレビドラマ、舞台、CMと幅広い分野で活躍する。

太田隆文監督の「青い青い空」(10)で映画デビュー。以後、毎年2~3本の映画出演を続け、山本純哉監督「ワケアリ」(14)、石原貴洋監督「ザ・レバー」(16)「レッドカプセル」(18)ではヒロインを務める。井上雅貴監督の日露合作映画「ソローキンの見た桜」に出演。

現在は女優業と共に映画のプロデュース業を行い、フランスで日本映画を興行するための映画祭Four Seasons Hanabiを主催している

本作では四姉妹の継母として家族を守ろうとする反面、怪しい魅力で周囲を惑わす柊子役を熱演している。

Yuri Yamamura

山村佑理

 Futa風太

1992年東京生まれ、岩手県盛岡市在住。10歳よりジャグリングをはじめる。ボールと共に踊る独自の表現を追求し、「MOB」「ながめくらしつ」「100年サーカス」「Daggle Crew」「頭と口」等、数々のジャグリング・サーカスプロジェクトに参加。2010年「MOB」としてジャグリング全国大会グループ部門銀賞を受賞。ソロでも国内各地のイベント・舞台出演に加え、アメリカ・ロシア・スペイン・韓国・シンガポールなど8カ国でパフォーマンスを経験。2014-16年フランスの名門サーカス学校“Le Lido”にて就学の後、岩手県盛岡市に移住。Juggling Dance Studio tasse代表 /盛岡雑伎の会代表を務め、俳優・ダンサー・ジャグリング講師等、活動と探求の幅を広げる。

Kohei Ando

安藤紘平

Art Teacher陶芸の先生

 繊細で独創的な表現力で知られる映像作家。早稲田大学在学中から演劇実験室天井桟敷に在籍、故寺山修司の勧めで、映画を撮り始める。

第一作目の『オー・マイ・マザー』(1969年制作)は、電子映像を使った日本最初のフィルム作品として、アメリカ・ゲッティ美術館をはじめ横浜美術館などに収蔵される。

『息子たち』(1973年)『アインシュタインは黄昏の向こうからやってくる』(1994年) 『フェルメールの囁き』(1998年)など多数の作品でハワイ国際映画祭銀賞特別賞、フランス・トノンレバン国際独立映画祭グランプリ、国際エレクトロシネマフェスティバル・アストロラビウム賞、ハイヴィジョンアウォード・グランプリなど多数受賞、またパリ、ニューヨーク、ロンドン、東京などの美術館に作品が収蔵され、パリ、リヨン、ニューヨークなどで「KOHEI ANDO Retrospective」特別上映が開催された。

2001年、文化庁特別芸術家海外派遣員としてパリに派遣、フランス国際映画祭の審査委員長など多数の映画祭の審査委員、芸術祭審査委員、文化庁芸術選奨審査委員、国立美術館文化庁評価委員、日本映画監督協会国際委員、文化庁海外芸術家派遣審査委員、映像産業振興機構理事、などの役職を歴任。

現在、早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授を退職し、早稲田大学名誉教授。

Erika Matsushita

松下エリカ

Bar-mama sanママさん

1980年8月31日、愛媛県松山市生まれ。日本人の父、ポーランド人の母を持ち、幼い頃からアフリカ、南米、ヨーロッパ各国を歴訪しグローバルな視野を広める。アーティストであったポーランドの家族の影響もあり幼い頃から芸術の素養を育む。イギリスのバレエ学校Elmhurst Ballet Schoolにて、クラシックバレエ、ミュージカル、タンゴなど多種多様なダンスを学ぶ。その後オーストラリアに渡りカメラの前での演技や油絵、タイで衣装デザインを学ぶ。

姉のユリアと共同で映画の制作をスタートし、第2作目の自主制作映画「TUTU」が「ぴあフィルムフェスティバル」に入選(01)。 2002年、世界が舞台をモットーに子供たちを主体とした何色にも染まらない独特で幅広い芸術活動を行うTORANOKO Performing Arts Companyを立ち上げ、衣装、歌、演出、構成、振付、撮影を務める。早稲田大学大学院国際情報通信研究科に入学。Short Film「Miuro」(09)を監督し、下北沢映画祭グランプリ候補に選出される。

2011年より寺山修司の少女詩集を元にした舞台制作をスタート。ポーランド、ポズナン市で行われた“JAPAN WEEK”フェスティバル(13)に招待され、オペラ座にて寺山修司原作「思い出盗まれた」を上演。寺山修司原作の舞台「踊りたいけど踊れない」(14)や「海のリボン」(15)を制作。

山村浩二監督の「マイブリッジの糸」とのコラボレーション企画、メディアパフォーマンス「マイブリッジの糸」を始動。ポーランド、プシェミシル市国際芸術祭(16)、ポーランド、クラコフ市“Etiuda & Anima国際アニメーション映画祭”(17) に正式招待。

本作ではプロデューサー、衣装、編集、音楽プロデュースを務めながら、継母柊子を見守るバーのママさん役を好演し、鮮明な印象を残している。

Rii Ishihara

石原理衣

 Shuko柊子

1976年7月18日、埼玉県生まれ。   

中央大学理工学部応用化学科卒業後、キリンビール株式会社入社。同社を退職後、脚本・演出家に6年間師事し、企画・脚本のアシスタントをしながら芝居を学び俳優業を開始。映画、テレビドラマ、舞台、CMと幅広い分野で活躍する。

太田隆文監督の「青い青い空」(10)で映画デビュー。以後、毎年2~3本の映画出演を続け、山本純哉監督「ワケアリ」(14)、石原貴洋監督「ザ・レバー」(16)「レッドカプセル」(18)ではヒロインを務める。井上雅貴監督の日露合作映画「ソローキンの見た桜」に出演。

現在は女優業と共に映画のプロデュース業を行い、フランスで日本映画を興行するための映画祭Four Seasons Hanabiを主催している

本作では四姉妹の継母として家族を守ろうとする反面、怪しい魅力で周囲を惑わす柊子役を熱演している。

Yuri Yamamura

山村佑理

 Futa風太

1992年東京生まれ、岩手県盛岡市在住。10歳よりジャグリングをはじめる。ボールと共に踊る独自の表現を追求し、「MOB」「ながめくらしつ」「100年サーカス」「Daggle Crew」「頭と口」等、数々のジャグリング・サーカスプロジェクトに参加。2010年「MOB」としてジャグリング全国大会グループ部門銀賞を受賞。ソロでも国内各地のイベント・舞台出演に加え、アメリカ・ロシア・スペイン・韓国・シンガポールなど8カ国でパフォーマンスを経験。2014-16年フランスの名門サーカス学校“Le Lido”にて就学の後、岩手県盛岡市に移住。Juggling Dance Studio tasse代表 /盛岡雑伎の会代表を務め、俳優・ダンサー・ジャグリング講師等、活動と探求の幅を広げる。

Kohei Ando

安藤紘平

Art Teacher陶芸の先生

 繊細で独創的な表現力で知られる映像作家。早稲田大学在学中から演劇実験室天井桟敷に在籍、故寺山修司の勧めで、映画を撮り始める。

第一作目の『オー・マイ・マザー』(1969年制作)は、電子映像を使った日本最初のフィルム作品として、アメリカ・ゲッティ美術館をはじめ横浜美術館などに収蔵される。

『息子たち』(1973年)『アインシュタインは黄昏の向こうからやってくる』(1994年) 『フェルメールの囁き』(1998年)など多数の作品でハワイ国際映画祭銀賞特別賞、フランス・トノンレバン国際独立映画祭グランプリ、国際エレクトロシネマフェスティバル・アストロラビウム賞、ハイヴィジョンアウォード・グランプリなど多数受賞、またパリ、ニューヨーク、ロンドン、東京などの美術館に作品が収蔵され、パリ、リヨン、ニューヨークなどで「KOHEI ANDO Retrospective」特別上映が開催された。

2001年、文化庁特別芸術家海外派遣員としてパリに派遣、フランス国際映画祭の審査委員長など多数の映画祭の審査委員、芸術祭審査委員、文化庁芸術選奨審査委員、国立美術館文化庁評価委員、日本映画監督協会国際委員、文化庁海外芸術家派遣審査委員、映像産業振興機構理事、などの役職を歴任。

現在、早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授を退職し、早稲田大学名誉教授。

Erika Matsushita

松下エリカ

Bar-mama sanママさん

1980年8月31日、愛媛県松山市生まれ。日本人の父、ポーランド人の母を持ち、幼い頃からアフリカ、南米、ヨーロッパ各国を歴訪しグローバルな視野を広める。アーティストであったポーランドの家族の影響もあり幼い頃から芸術の素養を育む。イギリスのバレエ学校Elmhurst Ballet Schoolにて、クラシックバレエ、ミュージカル、タンゴなど多種多様なダンスを学ぶ。その後オーストラリアに渡りカメラの前での演技や油絵、タイで衣装デザインを学ぶ。

姉のユリアと共同で映画の制作をスタートし、第2作目の自主制作映画「TUTU」が「ぴあフィルムフェスティバル」に入選(01)。 2002年、世界が舞台をモットーに子供たちを主体とした何色にも染まらない独特で幅広い芸術活動を行うTORANOKO Performing Arts Companyを立ち上げ、衣装、歌、演出、構成、振付、撮影を務める。早稲田大学大学院国際情報通信研究科に入学。Short Film「Miuro」(09)を監督し、下北沢映画祭グランプリ候補に選出される。

2011年より寺山修司の少女詩集を元にした舞台制作をスタート。ポーランド、ポズナン市で行われた“JAPAN WEEK”フェスティバル(13)に招待され、オペラ座にて寺山修司原作「思い出盗まれた」を上演。寺山修司原作の舞台「踊りたいけど踊れない」(14)や「海のリボン」(15)を制作。

山村浩二監督の「マイブリッジの糸」とのコラボレーション企画、メディアパフォーマンス「マイブリッジの糸」を始動。ポーランド、プシェミシル市国際芸術祭(16)、ポーランド、クラコフ市“Etiuda & Anima国際アニメーション映画祭”(17) に正式招待。

本作ではプロデューサー、衣装、編集、音楽プロデュースを務めながら、継母柊子を見守るバーのママさん役を好演し、鮮明な印象を残している。

​Staff